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2008.02.19
朝 10時にマドリッドを出発して、バルセロナに着いたのは、17:30分あたりだった。空の色がマドリッドとは違う気がする。海が近いせいだろうか。
バルセロナでの宿は、バルセロナ在住の日本人パタンナーさんのアパートのTさんの一室をお借りする。彼女は、スタイリストの仕事をしている事もあり、この滞在を心から楽しみにしていた。

夕食は、Tさんの紹介で 人でゴッタ返したのタパス(スペイン風居酒屋さんかな)に入って、食べまくった。飲めないのに飲みまくった。なんせ、スペインに来てから、ほとんどパンとハムで過ごしていた為、乾燥トマトにお芋にイワシのマリネのような物にシャンパン、とおつまみみたいな物ばかりだったが身にしみた。
っとご機嫌に食べまくってると、彼女の携帯が鳴る??、不思議そうに出た彼女はいきなり謝り始めた。何のことか分からず、構わずご機嫌に食べていた私に、彼女は、申し訳なさそうに言った。

バルセロナのサッカーの試合、今日やった。。」

私は、にわかサッカーファンである。そんな私に、彼女は、バルセロナのサッカーのチケットを予約してくれたので楽しみにしていたのだ。先ほどの電話は 明日だと思い込んでいた試合のチケットを手配をして下さった方からの電話だったのだ。
「予定をチェックしときや」っと ちょうど前日言ってたとこだったので、余計に腹が立ったが、仕方がない。急いで食べ(私が一番むかつくのは、ご飯の邪魔をされる事と、やろうと思ってる事を指摘される事です)怒りながらカンプ•ノウにダッシュ。

前半を見逃す結果になったが、生でテレビで見てる世界の一員になれてうれしかった。一緒に拍手をして、ブーイングをし、ゴールの瞬間の歓喜。最上階の席だったが選手の動きはよく見える。特にメッシの動きは、すごかった。3-0とバルセロナが完勝し、最終的には、私は、彼女に涙ながらに感謝しまくっていた。

次回は、バルセロナ2.3日目。
ガウディ、蚤の市、MACBAと続く。

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世界の車窓から。。マドリッドからバルセロナ GR Digital

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タパスでごきげん。GR Digital

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巨大スタジアム カンプノウ。GR Digital

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2008.02.17
朝から ピンポン攻撃で起こされる。
となりの80くらいのおばあさん。
木造のエレベーターの扉がきちんとしまってなかったらしく エレベーターがあがってこなかったらしい。怒られるが、半分以上何を言っているかわからない。
しかし 気持ちを込めて謝ると笑って許してくれた。
言葉以上に感情。身振り手振りでなんとかなる。

イスラム圏の歴史が残る町 トレドへ、
一日目二日目ともに外国にいる気が少ない。トレドの街は、あまりにも非日常で、アミューズメントパークにいるような錯覚を感じた。
写真を撮ると景色を感じられない。

作家Kさん宅で遅めの昼食を頂いて、ギャラリー街へ。
少し入りずらいが、それは日本も同じ。
作品の質は、皆 高い。
一番最初に入ったギャラリーで おもわず涙ぐむ。
日本と違って作品の幅が広い。絵を描いててもいい。そんな気持ちになった。
6件ほどのギャラリー、2件ほど古着屋 入る。

帰り彼女は、BARに入りたがったが、俺は疲れきっていたので拒否。
家でおとなしく、昼 お肉屋さんで買ったハムとチーズとパンを食べる。
結局 スペインらしい物はまだ食べれていない。
明日は バルセロナ。
快くアトリエを貸して下さったKさんへの感謝と、期待を胸に眠る。

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上がってこなかったエレベータ。GR DIGITAL

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トレドの街。GR DIGITAL

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ギャラリー街にて。GR DIGITAL

続く。

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2008.02.17
(2007年11月から12月 一ヶ月のヨーロッパ旅行日記、回想です。)
例えば、ヨーロッパ旅行にいった話。マドリッド編。

マドリッド探索一日目。気温は日本より暖かく感じた。
ダウンどころか、いつもと変わらないコートと鞄一つで街に出る。
ソフィア美術館に行こうと、とりあえず感覚的に歩き始めると、どこもイメージ通りのヨーロッパの町並み。
朝 9時前だが、皆 仕事に行くのか早足で歩いている。
すぐに迷子、自分がどこにいるのかわからない。
地図を見て考えていると、若いお兄さんが話しかけてくる。これがガイドブックの言っていた気の良さそうに話かけ、物を強奪していく怖い兄さんかと思えば、スペイン語でペラペラと、今いる場所とソフィアの行き方を教えてくれ、笑顔で手を振って去っていく。
何もとられていないか確認するまでもなく、さわやかないいお兄さんだった。
初めての外国、初めて歩く街ということで緊張していた私と彼女は、いらぬ肩の力がふっと抜けた。日本で困っている外人を見ても、英語が話せないので無視していた私は、これから困っている外人を見かけたら日本語で教えてやろう!!と固く誓う。

ソフィア美術館に到着、まだ開館前だったが、すでに2、3人のスペインの芸大生の風の若者と 日本人ツアーが15人ほどいる。それにしても、これほど、日本語がうるさく聞こえたことは今までなかった。
美術館に入る前に、荷物検査がある。飛行機に乗るときのように、手荷物を通す。無事通過し、館内へ。
四角形の建物、真ん中に中庭があり、3階建てだ。2階(スペインでは1階)から順番に回る。
2階はミロ、ピカソ、ダリ、マンレイなどが 大量にしかも質のいい作品が沢山セレクトされ、キュビズム、彫刻とそれぞれの分野ごとに、並んでいる。照明や展示の仕方もよく、落ち着いて作品を見れる。特にピカソ、ダリ、ミロの作品の量と質は 日本では、確実に見れない。ピカソのゲルニカはたいしたことがないとよく聞くが、やはりすごい、制作途中の写真もあり、勉強になるが、やはり生の大きさで、ゲルニカを味わえたことはうれしい。ピカソはあと、泣く女シリーズ、今まで見たことがない色鉛筆の作品があった。特に気に入ったのが、ミロの作品だ。今までミロの作品のリズム感と曲線が苦手だったが、シンプルに筆で点を置いたような作品もあり、かわいさの中に宇宙が感じられる。こちらまで絵を描きたくなるような、かわいいおじいさんの狂気と優しさがあった。
3階は、いわゆる現代アートゾーン。80年代を中心に 作品が展示されているのだが、なぜだか面白くない!今まであふれていた、豊かさと優しさとユーモアは、突如と消え去り、重く冷たいのだ。「人間性の欠如」。全く感動を受けず、早足で見学、その途中で自分の今の作品がまさに、面白くないと感じた作品と似ていることに気づいた。
ぬけが、ないのだ。自分の狙いや、感情を詰め込みすぎて、見ている人が作品の中を通り過ぎていく隙間がない。
自分の作品が、窮屈な作品だと気づけたことは、大きな収穫だった。

昼色をスペイン食で取ろうとするが、値段と、入りずらさで断念。スターバックスでコヒーとマフィンとサンドイッチを頼むと9ユーロ取られた。日本円で1500円。高くない??スペインは物価が安いイメージがあるが、かなりする。
急にこれからの旅の予算が不安になる。

歩いてプラドへ。
プラド美術館は中世の作品がほとんどだ。とりあえず、広い、多い。中世の貴族や神話の神々が、目が回るほど並んでいる。それぞれにストーリーがあるのだが、それを直接的表現をするので かなりマッドな仕上がりになっている。
あまりの強烈さに、最初はめまいがしたが、よく見ると、最近の作家の作品のアイデアも多く見られる。質感や雰囲気がにているのだ。それにしても すごいボリューム、ざっと見ただけで3時間ほどかかった。
疲れきって一度帰宅。一時間ほど足をやすめて、街へ繰り出した。
夜の街 マドリード。八時頃仕事を終えた人が、皆 酒や買い物をしに街に出てくる。
彼女と地下鉄に乗って、ソルへ。とりあえず、思いついた方向に足を箱ぶ。ZARAとH&Mなど適当にお店に入り、とりあえず英語メニューの店で 読めたが、おいしくないご飯をとり後悔しながら帰宅。もう普通に分からなくても現地の店に入ろう。。
帰って鏡を見ると顔がぱんぱん。
こんな顔だったか?それともふくれたのか??

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いきなり迷子。

Madrid 夜


マドリッド ソルの町にて GR DIGIRTAL

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お店の前では、演奏会。GR DIGIRTAL

続く

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2008.02.14
例えば、ヨーロッパ旅行にいった話。マドリッド到着編。

昨晩準備で一睡もできず、タクシーに。ほとんどボートしている間に機内。日本にお別れが言えなかった。
飛行機までは、彼女がてきぱき動いてくれたおかげで、いらぬ緊張もなかった。
案内された席が 離ればなれだったので、一人で落ち着ける環境を作り、そのまま爆睡。
いい気持ちで寝ていたら、一度目の機内食。ポークのホワイトソースを頼む、まずいと言ってもいい味。決して美人とは言えない、太った外人スチゥワーデスにオレンジジュースをもらい、また一眠り。
今度は、違う飲み物は?っということで、起こされる。
その後 カップラーメンとサンドイッチと次々に出る。その度に起こされ なれない英単語で緊張し神経を使い、全く休まらない。
機内は、半分外人、半分日本人。おばちゃん おじいさんが、果敢に異国域の飛行機に乗り込んでいる。ヨーロッパに行くことに不安が少し薄らいだ。こんなおじちゃん、おばちゃんが行くとこだ、何とかなるだろうと。
それにしても、ツアーだろうが、皆さんどこに行くのだろう。まさか全員スペインでもあるまいし。

オランダ、アントワーペンで乗り換えだが、アントワーペンに付く時間を彼女にまかっせきりでしっかり見ていなかったので、永遠に機内いなければ行けない気がする。同じ気持ちなのか、前の方の席で赤ん坊が、泣いている。
全く落ち着けなくなって、レミーのおいしいレストランを見る。やはりネズミが料理するのは、いただけない。絶対食べたくなかった。
オランダ、アントワーペンに着く。閑散としている。一時間で乗り換えなので、少し急ぎ気味でゲートへ。
一気に日本人はいなくなり、俺と彼女が外人に。

オランダからは、彼女がとなりに、窓側に座れたので、夜の街の光を見る。
オレンジ色に光った街の明かりは、夜の海に浮かぶ、埋め立て地のようだ。
街の切れ目がしっかりとわかる。飛行機の中で騒ぐスペイン語と、パリの夜景に、やっと外国に向かっているという感覚がわいてくる。
それにしても彼女がいることは、心強い。全日程という訳ではなく、スペインだけだが 帰りではなく、最初に一緒に行く予定にして正解だった。

スペインに到着。
人の列に着いていき、タクシー乗り場へ。
マドリッドの宿泊地は、日本人で スペインで活動されている画家のKさんのアトリエ。
大学時代にギャラリーでバイトしていた時知り合い、今回 無理を言ってマドリッド滞在中、アトリエを使わせて頂ける事になった。

タクシーの運転手に初めてのスペイン語。オラ!!(やー。)
タクシードライバーは、乗っている間一言も話さなかった。
無言のタクシードラーバー。治安が悪いのか、ドライバーとの間には、透明の壁がある。スペイン人は、愛想がないのかなーと思って下車。

さぁ、アトリエへと思ったら、荷物がトランクから出ない。どんなに引っ張っても押しても、俺と彼女の二つの荷物が見事に引っかかり、びくともしないのだ。
とりあえずもう一度乗って、落ち着ける場所で、トランクを取りにかかる。俺も手伝い、スペイン語で困った顔のドライバーと荷物を引っ張たり 押したり、最後に運転手が、トランクを工具でこじ開けようとしたが、それは止めて 30分。
トランクから荷物が出たときには、拍手。
運転手と握手を交わした時には、もう壁はなかった。

約束の時間から15分ほど、言われた通りで待っていた。もう夜の9時か10時くらいだが、待ちを行く人は、皆 上品で、おしゃれ。怖い感じもなく、逆にこっちが何者かという顔で見られた。30分ほど待ってたら、向こうでお兄さんが手を振っている、Kさんだ。「オラ!」とともになれない握手。

Kさんのアトリエは、プラド美術館に歩いていける距離のアパートの一室で、エレベーターは、クラシック映画に出てくる、扉を自分で開け閉めする木造タイプ。
と まさにイメージ通りのヨーロッパアパートメントだ。

家の簡単な説明をして下さって、Kさんは戻っていった。
引っ越しの荷物を置いているということで荷物が多かったが、5部屋ほどある。
ベットもふかふか、キッチンでお湯がわかせる。
Kさんからもらった食パンを焼いてコーヒーをたてて、夕食、
昨日から一日、長い一日だった。

アトリエのトイレ?

アトリエのトイレ?。。GR DIGIRTAL

タクシードライバーと奮闘中


タクシードライバーと奮闘中。GR DIGIRTAL
2008.02.14
例えば、ヨーロッパ旅行にいった話。

実家暮らしというのは、大変ありがたい物であります。
私は、大学も実家通える位置で、卒業してもすぐフリーデザインという無謀な道を選んだため、ここまで親に甘えさせてもらて実家暮らしをさせてもらっている。
ちょうど、祖父の介護もあったので、親も都合が良かったのだ。
しかし、自宅で作業していると、締め切りぎりぎりで、家の用事に呼ばれたり、心から休めない事など細かな弊害がつきものですが、たまに、精神的苦痛を伴う事もあるのです。

旅行を決めて数日、母の、これもあれも持っていけ、そんな格好で行くなんて気がおかしいとまで、旅行の荷物一つで人間否定までされる、ありがた迷惑の極みといえる行為を受けていた。
小学生の遠足のときと同じだと考えてるみたいで、次々と、なぜか、一つ一つ 絶妙にださいグッズを持ってきてくれる。十持ってきて一つ必要な物があるかないかで その一つが必要だと答えると まるで獲物の首を取ったようにいきりたち、ほらあなたは準備不足なのよっ、全く何も出てきてない、あなたの準備では向こう通用するはずがないと罵倒し始め、 また 次々と、グッズを持ってくるのである。皆さんは、それも母の愛だと微笑ましく見られるかもしれないが、度を超している。旅行のいく1週間まえから、毎晩毎食、顔を合わせるたびに、聞いてくる。あれをもったか、これをもったか、あんたが思ってるそんな服装では通用しない、気が変だ、どうかしてる、といわれ続けるのである。二三個なら、私も上品に、「ああ もったよ。お母様」と対応できるのだが、そこまでいわれると こっちもなぜか極端になり、強情になるのである。また 明日、もしくは、あと2時間後に買いにいく予定の物を、あれ準備したかと聞いてくる。やろうと思っていたことをやれといわれるほど腹が立つことはない。
そして 象徴的な事件がおこる。ダウン事件であった。

今 冬のヨーロッパは、凍てつく寒さだというので、当然我が家でも私の防寒対策について、毎日勝手なことを言い続ける。その中で生まれたのが ダウンコート神話だ。
ダウンコートというのは、皆さんもご存知だとおもうが、アヒルの毛か何かをビニール製の服の中にぱんぱんにつめた物であり、異様にボッコリしたそのスタイルは、主にヒップホップの方々に受け、数年ほど前では、ストリートを象徴するアメリカ黒人ファッションという感がありましたが、それが最近では その暖かさから、日本でも小学生からご老人まで、まさに、老若男女着こなす大衆ファッションとしてすっかり市民権を得たものです。
それが、その風貌からか、我が家で最強の防寒具として認定され、まだ 誰も行ったことのない、冬のヨーロッパのファッションは、ダウンコートに決定したのである。
私は元来重ね着派で、シックなコートの下にごちゃごちゃ、汚い物を着まくっている。つまり ダウンなんて、私にとって、意味不明にもこもこして、かしゃかしゃ行って、ミシュランのキャラクターの様な格好は、いくら向こうが極寒だろうが絶対 ごめんだと考えていた自分は、当然きっぱりと断った。すると、お前は 本間に世間知らずや、と誰も行ったことのない冬のヨーロッパの寒さについて 得々と語られ、まさにダウンを着ていかなければ、旅行先で死ぬという殺伐とした雰囲気までに発展したのであった。久しぶりに自分の身の上を嘆いた。
いつも実家暮らしという恩柄に甘えている私は、またこういう時に立場がないのである。
それから 毎日の執拗にダウンダウンといわれ続けた私は、あまりのストレスに 胃があれ、巨大なニキビができ、旅行に行く前に疲れきってしまった。神経をすり減らしてしまった。私は旅行二日前 ついに降伏しユニクロにダウンを買いにいったのである。

これから 旅立とうとする人間には、なるべく口を挟むな。

これが 行きの飛行機の中で誓った 新しい教訓です。
買ったダウンはきっと役に立つだろう、スペインに着いた瞬間、俺が着ていったコートでは、 寒さで震え、慌てて鞄からダウンコートを出すのであろう!!

続く

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